研究概要 / Research

分析化学グループでは、超分子化学・分子認識・錯体化学・電気化学に基づいた「分離と計測のための新しい方法論の創出」を目標に研究を行っています。
主な研究分野
早下 教授 :分光学的分析
橋本 教授:分光学的および電気化学的分析

研究テーマ / Research Theme

1. リン酸類化合物に応答する超分子複合体の開発・リン酸類化合物の検出法の開発 (早下先生、橋本先生)
生命のエネルギー源であるアデノシン3リン酸(ATP)やアデノシン2リン酸(ADP)、細胞膜や細菌の表面に存在するリン脂質やリン酸化ペプチドなど、リン酸類化合物は生命活動を担う重要な分子である。生命科学や診断・創薬などの分野において、これらのリン酸類化合物を選択的かつ高感度に認識できるプローブ分子の開発が強く望まれている。
2価の金属イオンと錯形成したジピコリルアミノ基は、リン酸類化合物に応答を示すことが知られている(Fig. 1-1)。
分析化学グループでは、ジピコリルアミノ基を有するプローブ分子を合成し、環状多糖のシクロデキストリンや多分岐高分子であるデンドリマー、金ナノ粒子などの様々なナノ化合物と組み合わせ、分光学的測定や電気化学的測定によって、各種リン酸類化合物の選択的かつ高感度な検出法の開発を目指している(Fig. 1-2)。


Fig. 1-1 ジピコリルアミノ基によるリン酸イオン認識


Fig. 1-2 ジピコリルアミノ基を有する蛍光センサーによるリン酸イオンの検出
 1) Anal. Sci., 34(10), 1125-1130 (2018). 2) Molecules, 23(3), 635 (2018). 3) J. Org. Chem., 82(2), 976-981 (2017).


2. 糖類に応答する超分子複合体の開発・糖類の検出法の開発 (早下先生、橋本先生)
糖や糖鎖は生命活動で様々な働きを担っており、その選択的な認識は生命科学・薬学・医学分野で重要な課題となっている。自然界においてはレクチンなどのタンパク質が糖類を認識しているが、タンパク質は一般的に不安定で長期保管や長期使用には不向きであり、狭い温度・pH領域でしか用いることができず、産業応用に当たっては、より安定な化学合成系による糖識別分子の開発が望まれている。
分析化学グループでは、糖の認識部位としてフェニルボロン酸に着目し、グルコースに選択的に応答を示すボロン酸型アゾプローブ/シクロデキストリン複合体(Fig. 2-1)やボロン酸型アゾプローブ/デンドリマー複合体の開発に成功した。

ボロン酸型アゾプローブ/シクロデキストリン複合体によるグルコース認識
Fig. 2-1 ボロン酸型アゾプローブ/シクロデキストリン複合体によるグルコース認識
 1) Chem. Commun., 13, 1709-1710 (2009). 2) Chem. Lett., 43(2), 228-230 (2014). 3) New J. Chem., 39, 2620-2626 (2015). 4) Langmuir, 32(41), 10761-10766 (2016).


3. 超分子複合体を用いた細菌検出法の開発 (早下先生、橋本先生)
近年、抗生物質を多量使用することで、抗生物質が効かない薬剤耐性菌が出現していることが社会的な問題となっている。抗生物質の多量使用を防ぐには初期段階での細菌の簡易迅速な判別が必要であるが、現在の細菌の標準的な判別法は培養法で、判別までに数日単位の時間がかかってしまうことが課題となっている。迅速な判定をするために様々な生物学的手法が開発されているが、高価な設備と専門的な技術が必要なものが多く、より低コストで簡便な検出方法の開発が望まれている。
分析化学グループでは、種々の分子認識部位をナノ粒子や基盤表面に修飾させた機能化材料を開発している。これらの開発した化合物と細菌が存在する溶液とを「数分間混合する」だけ、という、非常に簡易な方法で迅速に細菌を検出・簡易判別する方法を見いだした。
現在は様々なアプローチでより高感度・選択的な細菌検出手法の開発を試みており、このような人工的に化学合成した試薬で検出することで、試薬の安定性や低コストな検出が可能になると思われる。

ボロン酸デンドリマーを用いた細菌検出
Fig. 3-1 ボロン酸修飾デンドリマーによる細菌の選択的識別
 1) Anal. Chem.,91(6), 3929-3935 (2019). 2) J. Ion Exch, 29(3), 121-125 (2018).
 3) Chem. Lett., 45(7), 749-751 (2016). 4) 特許6252933"構造体ならびにこれを用いた細菌の捕集および検出方法"


4. アルカリ金属イオン・有害金属イオンの検出法の開発 (早下先生、橋本先生)
経済発展が進み世界人口が急増している現在、海水の淡水化や工場排水の処理技術の開発などによる、安全な水資源の確保は極めて重要な課題の一つである。
分析化学グループでは、ナトリウム・カリウム・セシウムなどのアルカリ金属イオンや、ヒ素・鉛などの有害金属イオンの選択的かつ高感度な検出法の開発を行っている。これまでに、クラウンエーテル型プローブとシクロデキストリンを組み合わせた超分子複合体センサーにより、ナトリウム・カリウム・セシウムなどのアルカリ金属イオンの識別が可能であることを見出した(Fig. 4-1)。

クラウンエーテル/シクロデキストリン複合体によるアルカリ金属イオン認識
Fig. 4-1 クラウンエーテル/シクロデキストリン複合体によるアルカリ金属イオン認識

また、発展途上国では急速な工業化・経済発展に伴って人体に有害なヒ素や鉛などの重金属イオンが今なお工場排水などから河川に流出して水道水中に基準値以上に混入してしまうことがあり、これらの重金属イオンを安価でかつ簡易・迅速に高感度検出する手法の開発が望まれている。当研究室では、ポダンド型蛍光プローブやジピコリルアミノ基を有するプローブを用いた超分子複合体センサーにより、鉛イオンを選択的に検出することに成功した。(Fig. 4-2)


Fig. 4-2 R12-DACによるPb2+とMg2+の識別


5. 金属ナノ粒子を用いた電気化学 (橋本先生)
金属錯体と分子認識部位を持つ配位子を組み合わせ、電気化学的な手法によって高感度・高選択的な分析法の開発を行っている。一例として、ボロン酸部位を有する配位子またはルテニウム錯体を、デンドリマーや金ナノ粒子の表面に修飾させた複合体を用いて、糖に対する電気化学的応答能を調べたところ、その感度が大きく向上することが明らかになっている(Fig. 5-1, Fig. 5-2)。また、分子認識部位にジピコリルアミノ基やクラウンエーテルなどをもつ複合体を用いて、リン酸基やアルカリ金属イオンなどをターゲットとした電気化学的評価も併せて行っている。

ボロン酸部位を有するルテニウム錯体/デンドリマー複合体による糖の電気化学的認識
Fig. 5-1 ボロン酸部位を有するルテニウム錯体/デンドリマー複合体による糖の電気化学的認識

ボロン酸/ルテニウム錯体/金ナノ粒子複合体による電気化学的糖認識
Fig. 5-2 ボロン酸/ルテニウム錯体/金ナノ粒子複合体による電気化学的糖認識
 1) Anal. Methods, 6, 8874-8877 (2014).  2) Anal. Methods, 4, 2657-2660 (2012).