食卓にのっている塩(NaCl)は室温では白い固体ですが、約800℃まで加熱すると溶けて液体になります。液状の塩は、一般の溶液とは異なる興味深い性質を有しており、溶媒としても利用できます。それでは高温ではなく、室温で液状の塩なんてあるのでしょうか?答えは“Yes”です。室温で液状の塩、「イオン液体」の特徴に触れた後、私達のグループで行っている研究について紹介致します。

イオン液体とは?

どれがイオン液体かわかるかな?(答え 左:水 中央:イオン液体 右:ヘキサン 一般的に、塩(えん)は常温で固体ですが、加熱してゆくとある温度で融解し液体(溶融塩)となります。この液状の塩、いわゆる溶融塩の歴史は古く、無機塩を中心に研究が展開されてきました。非常に面白い材料ですが、数百度という融点の高さが障壁となり、広範囲への利用、普及には至りませんでした。ところが20世紀の終わり頃に、有機のカチオンとアニオンを用いて、室温で液体となる塩が見出されました。これらは常温(室温)溶融塩またはイオン液体と呼ばれ、前出の高温系とは区別されています。
 イオン液体は、イオンのみからなる液体であるため静電的な相互作用力が強く、真空下で加熱しても揮発しません。さらに、揮発しない液体なので燃えません。これら不揮発性・不燃性という特徴が、一般的な揮発性有機溶媒とイオン液体を最も区別する性質と言えます。生活環境に飛散しない、繰り返し何度でも使えるという従来困難であった技術開発を容易に達成できることから、地球に優しい“グリーンソルベント”として注目を集めるようになりました。

電解質材料への応用

 イオン液体はイオンのみからなる液体であるため、非常に高いイオン伝導度を示します。また、電気化学的安定性にも優れることから電解質材料として活発に研究されています。しかし、溶媒であるイオン液体自身もイオンでできているため、イオン液体中において目的イオン(例えば燃料電池ならプロトン、色素増感太陽電池ならヨウ化物イオン)のみを動かすことは難しいという根本的な問題があります。私達のグループでは燃料電池用電解質材料に特化したイオン液体の合成及び評価を通じて、上記の問題解決に取り組んでいます。イオン液体の不揮発性・不燃性という性質はデバイスの安全面からも非常に優れた特長であり、燃料電池用電解質材料の開発を格段に推し進めるものと期待されています。

代替骨材料への応用

イオン液体中での酵素触媒重合によるポリ乳酸の合成(上層:トルエン、下層:リパーゼ+イオン液体) 生体骨はハイドロキシアパタイトとコラーゲンなどからなり、硬くてもしなる性質をもつ優れた材料です。現在、骨疾患治療の迅速化を目指し、アパタイトと生分解性ポリマーの複合体が代替骨材料として検討されています。ポリマーの持つしなやかさを硬くて脆いアパタイトに賦与するためです。しかし、生分解性ポリマーの高分子量化とアパタイトとの複合化が難しいという問題があります。私達のグループではイオン液体中において代表的な生分解性ポリマーであるポリ乳酸の酵素重合を行い、従来法よりも短時間で高分子量体のポリ乳酸を得ることに成功しました。

将来の展望

 イオン液体は多方面で希望を持って研究されており、いずれの分野においても非常に優れた材料であるという評価を受けています。我々も様々なアプローチを行うことで、イオン液体の物性を要求値まで高めようと分子設計を試みています。現在は、高プロトン伝導性材料や代替骨材料が得られるよう日々の研究に勤しんでいます。この他に期待される機能も極めて魅力的であり、近い将来、我々はイオン液体に囲まれて暮らしているかもしれません。

2012年度のイオン液体組